■ - 夜明け速度

なぜ現代においては偉大な科学者や哲学者が生まれないか。
社会が複雑になったからだ。
「社会の複雑さ」を処理するために大量の優秀な人材が必要となり、その結果、科学や哲学という、「世界の謎」を解くための営みに携わる人材が枯渇するようになったのだ。

「世界」より、「社会」が大きくなったのだ。
世界が社会の一部、たんなる意匠になったとさえ言ってもよいだろう。

それは、良いことでもわるいことでもない。世界とて、社会とて、我々人間が生きていく上での環境である点に置いては同等である。我々は単に、古来よりこの環境を「なんとかしよう」としてきたにすぎないのだ。我々の環境としての社会は、自らその複雑度を刻一刻と増大させてきている。しかもその複雑度は一様に増大しているのではなく、ある部分では極めて急速に、ある部分は緩慢に、ある部分はむしろ単純化が生じており、全体としてはまだら模様になっている。

そのように考えると、今後は社会の中でもより重要度が高くかつ複雑な領域の問題を解決するために、ますます多くの優秀な人材が動員され、そうでない領域に携わる人材は（好むと好まざるに関わらず）減少していくことが予測されるであろう。
しかし、大勢においてはそうであっても、過渡期においてはさまざまな時間差が生じる。入手しうる情報量や情報バランスの違いからくる現状認識の差、環境から受けるフィードバックの差、自己イメージ保存戦略の差、手持ちの技能やリソースの差、そういったもろもろの格差から、この大勢の流れへの適応戦略は個人や組織によって大きく異なるであろう。

この流れに乗り遅れたと感じた者たちは、自らの携わる領域を意図的に複雑化することで、それを処理する人材の必要性をマッチポンプ的に証明しようとするであろう。