「真実」の効用
我々がなぜ真実とか事実などというものを必要とするかというと、それを前提として議論を積み上げることを可能にするためだ。もし情報の信憑性を常に疑わなければならなかったら、複雑な思考、推論、意思決定、信頼関係の構築、共同作業、歴史的記録はおろか、あらゆるコミュニケーションや相互行為が不可能になってしまう。
真実は私たちの世界を格段にシンプルにし、合理的にし、生産性を高める。
でもなあ、なぜか自分が直接見たり聞いたりしたことって、ものすごく本能的に信じてしまうよね。いくら色々勉強してても。だからそういうところをうまくつかれると弱いんだよね。あと、利害関係のないはずの他者からの伝聞、とかにも弱いよね。
いや、そんな言い古された教訓はどうでもいいんだ。問題は真実の効用だ。これだけ効用のある真実なのだから、なんとかその存在を保護しなければならない。現代において、真実を保護するには一体どのような方法をとればよいのであろう?
占い?